語源が残酷すぎる英単語3選|panic・nightmare・sarcasmの本当の意味

ヘンリー・フュースリ『夢魔(The Nightmare)』1781年 未分類
ヘンリー・フュースリ『夢魔(The Nightmare)』1781年。眠る女性の胸の上に魔物が座る(デトロイト美術館、パブリックドメイン)

「パニック」は神の名前。
「悪夢」は魔物の名前。
そして「皮肉」は、肉を引き裂くこと。

英単語には、由来をたどると背筋が冷えるものがあります。今回は、少し怖いものから順に3つを展示します。辞書を複数確認し、古代や中世の原典にもできるかぎりさかのぼりました。

本日の展示

  1. panic神が送りつける「理由のない恐怖」
  2. nightmare眠る人の胸に乗る魔物
  3. sarcasm犬が肉を引き裂くように――

① panic ― 牧神パーンが送る「理由のない恐怖」

panic

パニック|恐慌、うろたえること

危険度 ★☆☆ 少し怖い

  • ギリシャ語 panikos(パーンの)
  • フランス語 panique
  • 英語 panic(16世紀末〜)

panic は、ギリシャ語の panikos「パーンの」から来ています。パーンは、山羊の脚と角をもつ羊飼いと家畜の神です。

英語では16世紀末〜1600年ごろに、まず panic fear(パーンの恐怖)のような形容詞として使われ始めました。フランス語の panique を経由して入った言葉です。

牧神パーンの大理石像(ローマ時代、1世紀)
牧神パーンの大理石像(ローマ時代・1世紀)。メトロポリタン美術館、CC0

パーンには恐ろしい一面がありました。人けのない山や森で突然聞こえる正体不明の物音は、パーンの仕業だと考えられていたのです。家畜の群れが一斉に逃げ出すような、人から人へ伝わる恐怖。それが「パーンの恐怖」でした。

原典に残る「パニック」の夜

2世紀のギリシャの旅行家パウサニアスは、『ギリシア案内記』に紀元前279年の出来事を書いています。デルフォイを襲ったガリア人(ケルト人)の軍勢が、退却した夜に野営したときのことです。

原典|パウサニアス『ギリシア案内記』10巻23章7節(W. H. S. Jones 英訳)

“For causeless terrors are said to come from the god Pan.”

理由のない恐怖は、パーン神から来ると言われている。

その夜、陣営に「パニック」が襲いかかりました。兵士たちは味方をギリシャ兵だと思い込み、自分たちの言葉も、仲間の姿や盾も見分けられなくなります。そして二手に分かれ、互いに殺し合ったといいます。

ここが怖い

パニックとは本来、神に正気を奪われ、味方同士で殺し合うほどの恐怖のことでした。

② nightmare ― 胸の上に乗る魔物「マーラ」

nightmare

ナイトメア|悪夢

危険度 ★★☆ かなり不気味

  • 古英語 mare(夢魔)
  • 中英語 nyghte mare(14世紀ごろ)
  • 英語 nightmare(悪夢)

nightmare の mare は、雌馬ではありません。眠っている人の上に乗り、息を詰まらせる魔物のことです。

nightmare は night(夜)と mare を合わせた言葉で、14世紀ごろから記録があります。この mare は「雌馬」の mare とは別の言葉で、古英語で魔物や夢魔を指しました。いまの英語では nightmare の中にしか残っていません。

最初の意味は「怖い夢」ではなく、眠る人を襲う魔物そのものでした。やがて魔物が与える息苦しさを、さらに後には怖い夢そのものを指すようになります。

仲間の言葉は各地にあります。古ノルド語の mara、ドイツ語の Nachtmahr。フランス語の cauchemar(悪夢)は、「踏みつける」という動詞に同じ mar がついた形です。

原典:魔物に踏み殺された王

13世紀前半、アイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが書いた『ユングリンガ・サガ』に、マーラに殺された王の話があります。

スウェーデンの伝説の王ヴァンランディは、フィンランドで妻ドリーファをめとりました。3年以内に戻ると約束して国に帰りましたが、10年たっても戻りません。ドリーファは魔女フルドに、夫を呼び戻すか、さもなくば殺すよう頼みます。

原典|スノッリ『ユングリンガ・サガ』(S. Laing 英訳、1844年)

“…he cried out, saying that the Mara was treading upon him.”

彼は「マーラが自分を踏みつけている」と叫んだ。古ノルド語の原文では「mara trað hann(マーラが彼を踏んだ)」。

家来が頭を押さえるとマーラは脚を踏み、脚を押さえると頭を押しつぶしました。それが王の最期でした。12世紀のラテン語の歴史書『ノルウェー史』も、王は眠っている間に、ノルウェー語で mara と呼ばれる魔物に窒息させられた、と記しています。

ヘンリー・フュースリ『夢魔(The Nightmare)』1781年
ヘンリー・フュースリ『夢魔(The Nightmare)』1781年。デトロイト美術館、パブリックドメイン

フュースリの絵では、眠る女性の胸の上に小さな魔物が座っています。幕の間からのぞく馬は mare(雌馬)との語呂合わせだとする見方もありますが、語源の上では馬は関係ありません。

ここが怖い

nightmare は「怖い夢」より先に、眠っている間に胸に乗って息を止める魔物の名前でした。

③ sarcasm ― 「肉を引き裂く」ことば

sarcasm

サーカズム|皮肉、あてこすり

危険度 ★★★ 最も衝撃的

  • ギリシャ語 sarx(肉)
  • sarkazein(肉を引き裂く?)
  • sarkasmos(あざけり)
  • 英語 sarcasm(16世紀後半〜)

sarcasm のもとになったギリシャ語の動詞 sarkazein は、sarx(肉)から作られた言葉です。古典ギリシャ語の代表的な辞書LSJは、その最初の意味を「犬のように肉を引き裂く」としています。

英語には16世紀後半に、ラテン語風の sarcasmus という形で入り、1610年代から今の形になりました。sarx(肉)は、sarcophagus(石棺、直訳は「肉を食う」)や sarcoma(肉腫)にも残っています。

LSJによると、sarkazein の意味は次の順に移りました。

  1. 犬のように肉を引き裂く
  2. 怒りで唇をかむ
  3. 苦々しく言う、せせら笑う
アントニオ・テンペスタ『自分の猟犬に殺されるアクタイオン』1606年
アントニオ・テンペスタ『自分の猟犬に殺されるアクタイオン』1606年。メトロポリタン美術館、CC0(「犬が肉を引き裂く」イメージとして掲載。sarcasm の語源と直接の関係はありません)

原典を読むと、話はもう少し複雑

「肉を引き裂く」の根拠とされるのは、紀元前421年の喜劇、アリストファネス『平和』の一場面です。飢えに苦しむメガラの人々が、子犬のように sarkazein しながら引っぱっている、と描かれます。

原典|アリストファネス『平和』482行(ギリシャ語、ラテン文字表記)

“…sarkázontes hṓsper kynídia”

「子犬のように(hōsper kynidia)sarkazein しながら」という一節。

ただしメリアム・ウェブスター辞典は、この動詞のもとの意味は推測にすぎないと注記しています。「あざける」の用例は後の時代のものばかりで、早い用例の解釈もはっきりしないためです。医学書『関節について』では、馬などが草を食む様子にも使われています。

つまり「sarcasm=肉を引き裂く」は有力な説ですが、確定した事実とまでは言えません。

ここが怖い

それでも sarcasm には、「肉」という言葉と、怒りで唇をかむ表情が刻まれています。皮肉が「刺さる」「えぐる」と言われるのも、うなずけます。

まとめ

3つの単語はどれも、神・魔物・肉という生々しいものが、時代とともに抽象的な意味に薄まった言葉です。

単語もとの言葉もとの意味いまの意味
panicギリシャ語 panikos牧神パーンがもたらす(恐怖)恐慌、パニック
nightmare古英語 mare眠る人の胸に乗る魔物悪夢
sarcasmギリシャ語 sarkazein肉を引き裂く(諸説あり)皮肉

次にこれらの単語を使うとき、その後ろにいるパーンやマーラを思い出してみてください。

よくある誤解

✕ よくある誤解 nightmare の mare は雌馬のこと

○ 実際は 古英語で「魔物・夢魔」を指す、別の言葉です。

✕ よくある誤解 sarcasm は「肉を食いちぎる」という意味だと確定している

○ 実際は 有力な説ですが、もとの意味は推測だと注記する辞書もあります。

参考文献

画像:牧神パーンの大理石像(ローマ時代・1世紀)The Metropolitan Museum of Art, CC0/Henry Fuseli, The Nightmare, 1781, oil on canvas. Detroit Institute of Arts, Founders Society Purchase with funds from Mr. and Mrs. Bert L. Smokler and Mr. and Mrs. Lawrence A. Fleischman/Antonio Tempesta, Plate 26: Actaeon Killed by His Dogs, from Ovid’s Metamorphoses, 1606. The Metropolitan Museum of Art, CC0

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